(2024年3月作成、4月公表)
背景・目的
○岩手銀行のJ-クレジット販売仲介
岩手銀行は、県内の森林の適切な管理によるCO2吸収量をクレジットとして認証する政府主導の制度、J-クレジット制度1)に基づき、2021年4月より、県内3自治体(一関市、岩手県、住田町)とJ-クレジット(排出量取引)販売に係る仲介業務契約を締結、数多くの仲介を行ってきた。
1) J-クレジット制度は2013年度に始まった。詳しくは環境省ウェブサイトを参照
このうち住田町では、2006年から5年間にわたりスギ人工林の間伐に取組み、2013年に国からクレジットが発行された。購入先は主に首都圏の企業であったが、住田町と岩手銀行が2022年6月に紹介業務に関する契約を締結後、同行による県内企業への普及が図られた。
同行の仲介は、3自治体が発行するクレジットの完売に貢献した。
同行による2021年度から2023年度までのJ-クレジット仲介実績は以下のとおり。
仲介件数 | 仲介総量 | 取扱期間 | |
---|---|---|---|
一関市 | 42 | 325t | 2021年4月~7月 |
岩手県 | 187 | 1,842t | 2021年9月~2023年3月 |
出典)岩手銀行『統合報告書 2023』、ヒアリングにより作成
○洋野町、住友商事東北株式会社との包括連携協定締結
岩手銀行は2023年2月には新たに、気候変動対策と水産業振興を目的として、岩手県洋野(ひろの)町および東北地区の地域展開を担う総合商社の住友商事東北株式会社と、藻場の創出・保全活動に係る包括連携協定を締結した。
この協定に基づき、同行は2023年10月、洋野町が保有するJブルークレジット®2)の販売を広げるため、住友商事東北株式会社と「洋野町Jブルークレジット®の紹介業務」の取扱を開始した。Jブルークレジット®は、国土交通大臣の認可法人であるジャパンブルーエコノミー技術研究組合(以下、JBE、2020年認可)が2021年に創設した、カーボンクレジット制度である。このブルーカーボン3) の販売仲介は、金融機関では同行が全国初となった。
2)Jブルークレジット®は、政府が運営するJクレジット制度と異なり、民間セクターが運営するボランタリークレジットである。同制度の設立目的は、ブルーカーボン生態系のCO2吸収源としての役割、その他の沿岸域・海洋における気候変動緩和と気候変動適応へ向けた取組を加速することにある。(ジャパンブルーエコノミー技術研究組合ウェブサイトより)
3)ブルーカーボンとは、マングローブ、海藻藻場、塩性湿地といった海洋生態系によって貯蓄されたCO2由来の炭素のこと。CO2吸収源には、海洋生態系のほかに、森林や農地土壌、都市緑化などがあるが、森林のCO2吸収量は人工林の高齢級化のために減少している一方で、日本での海洋生態系による年間CO2吸収量は若干増加し、2030年には全吸収源の12%を占める可能性があるとされている。(桑江朝比呂「ブルーカーボン:カーボンオフセットにおける役割と貢献」より)
この販売仲介業務は、J-クレジットの販売仲介業務で培ったノウハウを応用可能と同行は考えている。
○洋野町のプロジェクト-概要と経緯
JBEにより認証された洋野町のプロジェクトは、同町が申請した「岩手県洋野町における増殖溝を活用した藻場の創出・保全活動」(2017年10月~2022年9月)で、洋野町、種市漁協、洋野町漁協、小子内浜漁協が実施していた。2022年11月にJブルークレジット®の認証を取得、この5年間の認証対象吸収総量は3106.5t-CO2となり、JBEが認証を開始した2020年度以降、国内最大規模の認証量である。
同プロジェクトは、1976年から岩盤を掘削して造成した深さ1メートルほどの増殖溝(178本)により海藻の自生を促すもので、海藻の繁茂がウニやアワビの生育にとって好条件を作り出し、高品質のウニが豊富に獲れるようになった(岩手県の2022年のウニの水揚げ量は全国2位)。約50年にわたる同プロジェクトにより豊かな「里海」が作り出され、保全されてきた。
ところが1980 年頃からの海水温の上昇および2016年以降の親潮の離岸による磯焼けの継続により、ウニの漁獲に影響が出ていたことから、近年、様々な藻場の保全活動を行っていた。そうした保全活動のうち2017年以降の活動を、申請対象とした。
洋野町が同プロジェクトをクレジット認証取得のために申請した経緯は以下のとおり。 磯焼けによるウニ漁獲高の減少に伴う漁業者の収入不安定化が、かねてより課題であった後継者問題に拍車をかける可能性があり、今後、CO2 吸収量の維持・回復に繋がるこれらの活動が縮小することが懸念された。それは洋野町の漁業のみならず、気候変動緩和策の衰退を意味する。この解決のためには、個々の漁業者の自主的な活動に頼るのではなく、洋野町全体として持続可能な活動計画を立案・実行するための協議会を創設することが有効と考えた。
その第一歩として、洋野町は、住友商事株式会社と住友商事東北株式会社の協力の下、ブルーカーボン・クレジットを創出することを計画し、2022年10月に「洋野町ブルーカーボン増殖協議会」を設立した。これを事務局として取り纏める洋野町がプロジェクト実施者を代表し、Jブルークレジットの認証申請を行うことにした。
○洋野町、住友商事東北株式会社と包括連携協定を締結した経緯
同行は、長期ビジョン(2023年4月から10年間)として「お客さまの課題解決と地域社会の持続的成長を牽引する価値共創カンパニー」を掲げ、価値共創カンパニーへの変革に向けて、「地域創生と地域産業の成長支援」と「脱炭素社会実現に向けた先導的・革新的対応」を重点分野の一つとして挙げている。
そこで、これら重点分野の実現を目指して、かねてより種市支店を通じて各種金融サービスの提供や情報交換を行ってきた洋野町と、洋野町Jブルークレジットの販売業務受託者である住友商事東北株式会社に対し、Jブルークレジットの購入先の紹介を提案した。購入先の紹介により、洋野町の水産業の成長支援となるほか、金融機関で全国初となるボランタリークレジットの紹介活動開始により、脱炭素社会の実現に向けた先導的な活動となるという考えから提案したものである。
概要
○金融機関によるボランタリークレジットの取扱が可能に
Jブルークレジット®はボランタリークレジットであるため、金融機関によるこの取扱は、業務範囲規則に抵触するか不透明であった。そのようななか、金融庁は、2022年12月、民間主導のカーボン・クレジットを売買・媒介しやすくするため、法令上の解釈を示す文書 を発表した。これにより金融機関による取扱が可能になったことを受けて、岩手銀行は、同月から「ボランタリークレジット」の購入を取引先の融資条件の一つに加えることとし、Jブルークレジット®の販売仲介業務の検討に入った。
○洋野町のプロジェクトにおける関係者の役割
洋野町のプロジェクトにおける関係者および同行を含む関係者の役割は表2のとおり。
同行は、主に法人営業担当者が取引先へ洋野町Jブルークレジットを紹介し、住友商事東北株式会社へ取次いでいる。
なお、プロジェクト関係者のうち包括連携協定を締結したのは、洋野町、住友商事東北、同行間である(表2参照)。
関係者 | 主な役割 |
---|---|
洋野町 | プロジェクト実施者を代表してプロジェクトのとりまとめ |
漁協3団体 | プロジェクト実施者(藻場の保全) |
洋野ブルーカーボン増殖協議会 (構成員:洋野町、漁協 賛助会員:住友商事、住友商事東北) | Jブルークレジットの認証申請・クレジット売買で得た収益の使い道の検討 |
住友商事グループ(住友商事、住友商事東北) | 藻場面積の計測、吸収係数の検討、クレジット発行要件の検証、クレジットの販売 |
岩手銀行 | クレジットの紹介、カーボンオフセットが必要な企業に対してクレジット購入を仲介 |
出典)JBEウェブサイト(2023年2月)「令和4年度(2022年度)Jブルークレジット®認証・発行について」プロジェクト名「岩手県洋野町における増殖溝を活用した藻場の創出・保全活動」添付資料2・概要説明資料、Rakuten.Today(2023年6月)野球観戦のチケットを買うと東北で海藻が育つ…?「ブルーカーボンオフセット」とは、及びヒアリングをもとに作成。
実績
紹介実績は、25件104トンである(2024年1月末時点)。(紹介実績のため、実際の購入実績とは異なる。)
なお、仲介先としては同行の取引先を想定している。
取組を実施するにあたっての組織の方針や体制
包括連携協定および紹介業務は営業戦略部で管轄している。
営業店から届く紹介状を営業戦略部にて確認の後、住友商事東北へ取次いでいる。担当者1名、役席者1名で対応。
取組の今後の計画・広がりについて
いわぎん脱炭素応援ローンの実行に際し、J-クレジットの購入実績も融資条件の一つとしていた(例:株式会社渡辺工業所へのいわぎん脱炭素応援ローンの実行)が、これに加えて、Jブルークレジットの購入実績も融資条件の一つとし、ESG融資のさらなる充実を目指している。Jブルークレジットに関しては、住友商事グループにおいて主に大手企業を中心に販売活動を行っていることから、相互に連携して、洋野町で創出されたJブルークレジット3,106.5tの完売に貢献していく。洋野町J ブルークレジット紹介活動により地域の脱炭素への関心を向上させるとともに、取引先の企業価値向上と地域脱炭素の実現に向けた取組の深化に繋げていきたい。
クレジットの販売収益は、藻場の創出・維持や保全活動に充てられる。人為的な栄養塩供給や新形状ブロック等新技術の導入などへの活用も検討していく。沿岸漁業の再生のほか、水産加工業や観光業などへの好影響が期待される。
課題と課題解決のヒント、工夫した点、苦労した点
ブルークレジットをはじめとするボランタリークレジットに関しては、損金算入の可否について国税庁から明確な回答がない。したがって、顧客への紹介時には損金処理については顧問税理士や管轄する税務署に相談するよう誘導している。
現時点では、購入したクレジットの活用方法が自主的なオフセットにとどまっており、Jクレジットのように算定報告公表制度には活用出来ない(2024年1月末時点)。
上記の2点の課題が解消されれば(ブルークレジットがJクレジット化すれば)顧客へ紹介がよりしやすくなる。
参考にしたWEBサイト等
- Web東海新報(2022.6.18)「住田町 温暖化対策に3者連携 協働で取り組み推進へ「J-VER紹介業務契約」脱炭素社会実現への基本合意書」町が岩手銀行、ゼロボードと締結」
- 岩手銀行ウェブサイト(2022年6月)ニュースリリース:「住田町有林 J-VER 紹介業務に関する契約」及び「住田町内における脱炭素社会の実現に向けた基本合意書」の締結について
- 桑江朝比呂(2022年6月)「「JBE」と「Jブルークレジット®」」(水産振興コラム:ブルーカーボンで日本の浜を元気にしたい 第3回)東京水産振興会ウェブサイト
- 林野庁(2022年10月)「カーボンニュートラルに向けた民間活力による森林づくりの促進」農林漁業信用基金ウェブサイト
- 洋野町ウェブサイト(2022年11月)記者発表資料:「岩手県洋野町における増殖溝を活用した藻場の創出・保全活動」によりJブルークレジット® 3,106.5t-CO2の認証を受けました」
- 岩手銀行『統合報告書2023』
- ニッキンオンライン(2023.02.25)「岩手銀、脱炭素で「藻場」創出 邦銀初「Jブルークレジット」仲介」
- 岩手銀行ウェブサイト(2023年2月)ニュースリリース:「岩手県洋野町における増殖溝を活用した藻場の創出・保全活動に係る包括連携協定」締結のお知らせ
- 桑江朝比呂(2023年2月)「ブルーカーボン:カーボンオフセットにおける役割と貢献」(海洋水産技術協議会ワークショップ「ブルーカーボンとカーボンクレジット-課題と展望」での講演資料(2023年2月17日実施)全国水産技術協会ウェブサイト
- JBEウェブサイト(2023年2月)「令和4年度(2022年度)Jブルークレジット®認証・発行について」プロジェクト名「岩手県洋野町における増殖溝を活用した藻場の創出・保全活動」添付資料2・概要説明資料
- JBEウェブサイト「Jブルークレジット®とは」
- ニッキンオンライン(2023. 04.28)「地域銀、ブルーカーボンに着目 地域の持続可能性高める」
- 岩手銀行ウェブサイト(2023年5月)ニュースリリース:「いわぎん脱炭素応援ローン」の実行について(株式会社 渡辺工業所)
- Rakuten.Today(2023年6月)野球観戦のチケットを買うと東北で海藻が育つ…?「ブルーカーボンオフセット」とは
- 岩手銀行ウェブサイト(2023年10月)ニュースリリース:洋野町 J ブルークレジット®紹介業務の取扱い開始について (上記いずれもアクセス日は2024年2月19日)
- 21世紀金融行動原則 ウェブサイト「取組事例 岩手銀行 061-FY2022-07」(2024年1月19日アクセス)
- 岩手銀行へのヒアリング(地球・人間環境フォーラムが2024年1月~2月にメールにより実施)
- 株式会社山陰合同銀行
- いちご株式会社
RE100企業として「2030年に再エネ比率50%」目標設定への賛同 - しんきん証券株式会社
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グループ長期ビジョンでの非財務KPI - 株式会社岩手銀行
Jブルークレジット® 販売仲介業務 - 株式会社日本政策投資銀行
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