原則及び前文で使われている主な用語を解説します。
ESG問題
2000年、グローバル化に起因する様々な問題を解消しつつ、より持続可能で包括的なグローバル経済の確立を目指すことを目的として、当時のコフィー・アナン国際連合事務総長の提唱による「グローバル・コンパクト 」[1]が発足しました。その趣旨を受け、2004年、国連と世界の主要金融機関が共同で作成した報告書「Who Cares Wins」[2]の中で、Environmental(環境)、Social(社会)、Governance(統治)の 3つの問題に配慮した「責任ある投融資」の重要性が示されました。それ以降、環境や社会の持続可能性に関わる様々な課題は、3の頭文字をとって「ESG問題」と呼ばれています。
インパクトファイナンス[3]
適切なリスク・リターンを確保しつつ、環境・社会・経済にポジティブなインパクトをもたらすことを意図したインパクトファイナンスは、世界的な潮流となりつつあり、国内の金融機関でも今後の広がりが期待されています。環境省は、インパクトファイナンスの定義として、以下の4つの要素を含むものとしています。
①投融資時に、環境、社会、経済のいずれの側面においても重大なネガティブインパクトを適切に緩和・管理することを前提に、少なくとも一つの側面においてポジティブなインパクトを生み出す意図を持つもの
②インパクトの評価及びモニタリングを行うもの
③インパクトの評価結果及びモニタリング結果の情報開示を行うもの
④中長期的な視点に基づき、個々の金融機関/投資家にとって適切なリスク・リターンを確保しようとするもの
SDGs[4]
2015年9月ニューヨーク・国連本部で開催の国連サミットで採択された、「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)は、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現に向けて、2030年までの達成を目指した国際社会共通の目標です。前身となるMDGs(ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)とは異なり、先進国を含むすべての国に適用される普遍性が最大の特徴です。17のゴールとその指標となる169のターゲットが示されており、各国政府は定期的に実行状況を報告することになっています。
エンゲージメント[5]
機関投資家が、投融資先企業や投融資を検討している企業に対して行う建設的な対話のことを指します。「スチュワードシップ責任」(当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任)を果たすために、投資先企業や運用戦略に応じたサステナビリティESG要素を含む中長期的な持続可能性の考慮をするための手段と位置付けられています。エンゲージメントは、英単語engagement「引き込む」「かみ合わせる」の名詞形です。
公正なトランジション
脱炭素や生物多様性の保護が実現されている持続可能な社会への移行に際し、労働者の権利や収入を脅かすことがないように配慮すべきであるという概念です。パリ協定の前文にも労働力の「公正な移行(just transition)」がうたわれており、国は2050年カーボンニュートラルを実現するため、働きがいのある人間らしい雇用や労働生産性の向上とともに労働力の公平な移行を実現していくことが重要だとし、労働力とともに地域経済、地場企業の移行を一体的に検討する必要があるとしています[6]。また、公平な移行は「産業の新陳代謝を促し、経済と環境の好循環を実現する機会」となる可能性も指摘しています。なお、SDGsでうたわれた包摂性と関連する考え方と受け止められています。
国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)[7]
UNEP FIは、UNEPの FI宣言に署名している世界の450社以上の金融関係機関及び100を超える関連機関との間に協力体制を確立していく組織です。UNEP FIは 1992年に UNEPによって設立され、その目的は、金融機関の様々な業務において、環境及び持続可能性に配慮した望ましい業務のあり方を模索し、これを普及、促進していくことです[8] 。2015年のSDGs(持続可能な開発目標)の合意を受けて、2017年にはポジティブインパクト金融原則を公表しています。
サーキュラーエコノミー[9]
従来の3R(リディース、リユース、リサイクル)に加えて、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動を指し、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指すものと位置付けられます。循環経済への移行は、企業の事業活動の持続可能性を高めるため、ポストコロナ時代における新たな競争力の源泉となる可能性を秘めており、現に新たなビジネスモデルの台頭が国内外で進んでいます。
サプライチェーン
一般にサプライチェーン(供給網)とは、個別の企業がどの段階にあるかにかかわらず、原料採取の段階から製品・サービスが消費者に届くまでのプロセスのつながりを指します。原則文書の中では、金融機関にとってのサプライヤチェーンには、投融資先を含めています。
地球規模の ESG問題を解決するためには、こうしたサプライチェーン全体でのマネジメントこそ重要との認識が広まっています。
持続可能な社会
国連環境計画(UNEP)において我が国がその設置を提唱して発足した「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」により1987年に公表された報告書「地球の未来を守るために(Our Common Future)」によれば、「持続可能な開発」は、「将来の世代のニ一ズを満たす能力を損なうことがないような形で、現在の世代のニーズも満たせるような開発」と定義されています。
なお、1980年に発表された国際自然保護連合(IUCN)、UNEP及び世界自然保護基金(WWF)の「世界環境保全戦略」は、「持続可能な開発」の考え方を初めて広く訴えたものですが、1991年にその改訂版として発表された「かけがえのない地球を大切に(新世界環境保全戦略)」では、「持続可能な社会」の基本原則として次の9点を挙げています[10]。
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- 生命共同体を尊重し、大切にすること
- 人間の生活の質を改善すること
- 地球の生命力と多様性を保全すること
- 再生不能な資源の消費を最小限に食い止めること
- 地球の収容能力を越えないこと
- 個人の生活態度と習慣を変えること
- 地域社会が自らそれぞれの環境を守るようにすること
- 開発と保全を統合する国家的枠組みを策定すること
- 地球規模の協力体制を創り出すこと
このように、持続可能な経済社会を作るための社会的枠組みに必要な条件については、様々な角度から国内外での検討が深められてきています。
ステークホルダー
ステークホルダーとは、組織の利害と行動に直接的または間接的に利害関係を有する者をいい、一般に、企業にとってのステークホルダーとしては、①従業員、②取引先、③消費者、④投資家、⑤行政、⑥環境、⑦社会一般等が想定されています。ESGをめぐる諸課題に対応するにあたって、企業が事業活動にあたって多様なステークホルダーとの関係を調整する必要性は高くなっています。
責任投資原則(PRI)[11]
「UNEP FI」と「グローバル・コンパクト」の流れを受けて、2006年にアナン国連事務総長(当時)が資産運用業界に働きかけて実現したイニシアティブです。機関投資家の意思決定プロセスに ESG課題を受託者責任の範囲内で反映させるべきとした世界共通のガイドライン的な性格を持っており、以下の 6つの原則によって構成されています[12] 。
1.私たちは投資分析と意思決定のプロセスに ESG課題を組み込みます。
2.私たちは活動的な所有者になり、所有方針と所有慣習に ESG課題を組み入れます。
3.私たちは、投資対象の主体に対して ESG課題について適切な開示を求めます。
4.私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ実行に移されるように働きかけを行います。
5.私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
6.私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。
世界各国のアセット・オーナー、運用会社等、この原則の署名機関は 3,800社以上に達しています(2021年現在)。
パリ協定[13]
2015年12月フランス・パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議において、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとして採択されました。世界共通の長期目標として2℃目標の設定。1.5℃に抑える努力を追求すること、主要排出国を含む全ての国が削減目標を5年ごとに提出・更新すること、全ての国が共通かつ柔軟な方法で実施状況を報告し、レビューを受けること、などが定められています。
包摂性(inclusion)
SDGsに掲げられた理念「誰一人として取り残さない」を実現するために必要となる原則のうちの一つに位置づけられる。社会的包摂(social inclusion)は、社会的排除(social exclusion)と対になる概念として、1970年代にフランスで生まれ、その後、欧州や、欧州連合、国際連合などの国際機関において社会政策の基礎的な理念として確立してきたとされています[14]。社会参加や人とのつながり、社会制度への参加、健康や教育など人々と社会との関係性において不利な立場に置かれている個人やグループが存在することに着目した考え方です。
予防的アプローチ[15]
科学的知見は常に深化するものである一方、常に一定の不確実性を有することは否定できません。しかしながら、不確実性を有することを理由として対策をとらない場合に、ひとたび問題が発生すれば、それに伴う生じる被害や対策コストが非常に大きくなる問題や、一度生じると、将来世代に及ぶ取り返しがつかない影響をもたらす可能性がある問題についても取組みが求められています。
1992年のリオ宣言の第 15原則では、「環境を保護するため、予防的方策は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可避的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きな対策を延期する理由として使われてはならない」としています。したがって、このような問題に対しては、完全な科学的証拠が欠如していることをもって対策を延期する理由とはせず、科学的知見の充実に努めながら対策を講じるという、予防的な取組方法の考え方に基づく対策を必要に応じて講じます。予防的な取組方法の考え方に基づく対策が必要になるような場合には、どの程度の不確実性があるのかも含めた、それぞれの時点において得られる最大限の情報を基にしつつ、迅速に具体的な対策の検討を進めていく必要があります。
レジリエンス(resilience)
レジリエンスは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」を意味する英単語です。困難な問題や危機的な状況、ストレスといった要素に遭遇しても、すぐに立ち直ることができる能力やその過程等を指します。気候変動や少子高齢化などを多様な課題を抱える日本全国の地域では、それぞれの場所で持続可能な社会を実現していくために、多様なレジリエンスが求められています。
脚注(URLは2022年6月23日時点)
[1] United Nations Global Compact:http://ungcjn.org/
[2] Who Cares Wins:https://www.ifc.org/wps/wcm/connect/topics_ext_content/ifc_external_corporate_site/sustainability-at-ifc/publications/publications_report_whocareswins__wci__1319579355342
[3] 環境省ESG金融ハイレベル・パネルポジティブインパクトファイナンスタスクフォース(2020年7月)「インパクトファイナンスの基本的考え方」
[4] 国連のSDGsに関する情報はhttps://sdgs.un.org/goalsを参照。日本語の情報は、外務省が運営するウェブプラットフォーム「Japan SDGs Action Platform」https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/index.html
を参照。
[5] 金融庁スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(2020年3月24日)「「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫(再改定版)」
[6] 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」(2021年10月22日閣議決定)
[7] United Nations Environment Programme Finance Initiative:http://www.unepfi.org/
[8] EICネット:http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2949
[9] 「令和3年版環境白書」(2021年6月公表)第1部第2章第2節「循環経済への移行」
[10] 「平成4年版環境白書」(1992年5月)第4章2節1「持続可能な経済社会の基本的な在り方」
[11] Principles for Responsible Investmentウェブサイト:https://www.unpri.org/
[12]責任投資原則パンフレット2021年版(日本語版):https://www.unpri.org/download?ac=14736
[13] 詳しくは、環境省ウェブサイト「気候変動の国際交渉|関連資料」http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cop/shiryo.html#03
(2022年2月17日確認)を参照のこと。
[14] 日本学術会議社会学委員会・経済学委員会合同 包摂的社会政策に関する多角的検討分科会(2014年9月)「提言いまこそ「包摂する社会」の基盤づくりを」https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t197-4.pdf
[15] 環境基本計画(第5版)(2018年4月17日第3章1環境政策における原則等)